伊勢木綿のマフラー

伝統工芸・伊勢木綿マフラー

単糸で織られた柔らかくて、肌触りがいい伊勢木綿。使い込むほどに風合いも増し、購入された方のライフスタイルに合わせて、この伊勢木綿も年齢を重ねていきます。
定番である縞柄は、昔ながらの懐かしさを感じさせ、現代のカラフルなテキスタイルのなかで、かえって注目を浴びるものではないでしょうか。
伊勢木綿の特徴をそのまま生かしたマフラーをぜひ使ってみてください。

ご注意
木綿は水を通すと縮む性質があります。特にお湯での洗濯や乾燥機の使用はお控えください。また中性洗剤の使用をおすすめします。


伊勢木綿のマフラーイメージ

伝統工芸・伊勢木綿マフラー

単糸で織られた柔らかくて、肌触りがいい伊勢木綿。使い込むほどに風合いも増し、購入された方のライフスタイルに合わせて、この伊勢木綿も年齢を重ねていきます。
定番である縞柄は、昔ながらの懐かしさを感じさせ、現代のカラフルなテキスタイルのなかで、かえって注目を浴びるものではないでしょうか。
伊勢木綿の特徴をそのまま生かしたマフラーをぜひ使ってみてください。


伊勢木綿マーク

木綿の歴史

室町〜戦国時代に綿の栽培が始まったようです。
当時、庶民の衣服は麻、貴族は絹で作られており、まだ木綿の出番はなかったようで、綿は広く栽培はされませんでした。しかし綿は麻など他の素材に比べると加工しやすく、木綿の衣服は藍との相性も良いことから栽培が徐々に拡大していったようです。


伊勢の木綿づくり

三重県(伊勢の国)では、文禄年間(1592〜5)津周辺地区で栽培が始まり、農家が稲作とともにつくりはじめたようです。綿から作った木綿は自分たちが使う衣服に加工していましたが、余ったものは販売したそうです。当時、米はほとんどを地主に納め、農家の人たちが自分たちで食べることは難しく、一年のほとんどは麦やヒエ、アワなどを食べるしかありませんでした。綿の栽培は生活を少しでも楽にするための現金収入の手段となったようです。

綿の栽培には、水と肥料を多く必要とします。肥料は油かす、鰯〆粕(いわししめかす)、干鰯(ほしか)など。油かすとは、菜種や綿の種から油をとった残りの「かす」のこと。鰯〆粕(いわししめかす)は鰯から油を取った残りで、干鰯は文字の通り、生の鰯を干したものです。これらの肥料は金肥(キンピ)と呼ばれ、お金を出して購入するものでした。
三重県の津周辺は、鈴鹿山脈から流れる出る水が豊富で、温暖な気候であり、また肥料にも恵まれていました。地勢的な条件が綿栽培に適していたのですが、綿の一大生産地になった理由は、これだけではありません。農家にとって綿はわずかな現金収入の中から肥料を買ってまでも作りたいものになっていったのです。


江戸で大流行した伊勢木綿

その理由は、江戸時代に入り木綿が爆発的な需要期に入ったからです。慶長11年(1606)江戸大伝馬町の誕生を機に伊勢の木綿を集めた伊勢商人が次々に店を出し、大々的に売り始めたのです。伊勢木綿は江戸だけではなく東北まで売られたそうです。粋と伊達が信条の江戸っ子にとって伊勢木綿は流行の最先端であり、競ってこれを着たようです。また幕府から出された数々の贅沢を禁止する法令「奢侈禁止令(しゃしきんしれい)」により、庶民は衣服に絹を使うことが禁じられ、木綿を用いることが多くなったというのも伊勢木綿大流行の要因でした。


明治に全盛期をむかえる

明治に入り、国策による工業化の推進、機械化によって飛躍的に生産が増大しました。
需要も増え、木綿づくりは全盛期をむかえたのです。しかし、戦後、ライフスタイルは大きく変化し、洋装が普及しました。和装の素材として使われてきた木綿は需要が減り、さらに化学繊維が使われることが多くなったため木綿産業は衰退していったのです。


三重県津市一身田

伊勢木綿を織り続ける「臼井織布株式会社」

三重県津市一身田。真宗高田派本山専修寺の寺内町であるこの街は車がすれ違うのが難しいほどの細い道を挟んで江戸時代からの商家が並んでいます。この一角に臼井織布株式会社があります。

木綿を作る工場とはいっても、外から見ると昔ながらの商家にしか見えません。中に入ると玄関から奥に向かって三和土が続き、伊勢木綿を使った小物を販売するスペース、手織りの機械、帳場、織物を保管する場所などが並び、見上げると高い天井を支える梁があり、年配の方には昔懐かしい雰囲気を醸し出しています。ここは「まちかど博物館」にもなっており、街を散策する観光客も訪れます。


臼井織布株式会社

三和土を通り過ぎて建物をでたところに工場があります。工場では、すでに100年は経っているという豊田佐吉さんから買った力織機が並んでいます。古い機械ですが、代表の臼井成生(9代目)さんが、しっかりとメンテンスをしているので、毎日リズミカルに伊勢木綿を織っています。50年ほど前までこの地区には、たくさんの織物工場があり、木綿の一大産地だったそうですが、需要が低下するとともにほとんどが廃業してしまいました。臼井織布は、江戸時代中ごろに紺屋として創業し、江戸時代終わり頃から今のように木綿の織りを始め、一時は県内に3つの工場を持ち生産していたそうです。
臼井織布は、江戸時代からの伝統をそのままに受け継いで伊勢木綿を作っている数少ない木綿織物を営む会社なのです。



綿

伊勢木綿の良さの再認識

伊勢木綿の特徴は単糸(紡績した1本のままの糸)を使っていることです。単糸で織った布は柔らかく仕上がり、通気性も良く、保湿にも優れています。そのためとても肌に優しい布になります。糸が柔らかいのでシワになりにくく、使い込んで洗いを繰り返すと、それだけ風合いも出てきます。一方、単糸は弱く切れやすいので、最良の綿を使かわないと織ることができません。何本も糸を撚り合わせれば強くなり、その糸で織った布は張りがあり艶もでますが、硬く重くなってしまいます。伊勢木綿は仕上がりにこだわって、糸の弱さを手間と技術で補ってできたものなのです。

選ばれる伊勢木綿

大量消費の時代が過ぎて、素材の良さをじっくり見極めて自分にあった商品を選ぶ人たちが増えています。日常使うものは安全で体に優しいもの、という基準を持つ人たちにとって、伊勢木綿の製品は最適ではないでしょうか。

伊勢木綿マフラー

伝統を見直す(国内)

10件の商品がございます。

伊勢木綿のカバーとタイの手漉き紙のノートセット

伝統の柄、柔らかい手触りの木綿。手漉き紙の風合い。カワイイハンドメイドのボタン。伝統と手作りのコラボ。伊勢木綿と手漉き紙ノートのセット

伊勢木綿のカバーとタイの手漉き紙のノートセット

伝統の柄、柔らかい手触りの木綿。手漉き紙の風合い。カワイイハンドメイドのボタン。伝統と手作りのコラボ。伊勢木綿と手漉き紙ノートのセット

伊勢木綿のカバーとタイの手漉き紙のノートセット

伝統の柄、柔らかい手触りの木綿。手漉き紙の風合い。カワイイハンドメイドのボタン。伝統と手作りのコラボ。伊勢木綿と手漉き紙ノートのセット

伊勢木綿のカバーとタイの手漉き紙のノートセット

伝統の柄、柔らかい手触りの木綿。手漉き紙の風合い。カワイイハンドメイドのボタン。伝統と手作りのコラボ。伊勢木綿と手漉き紙ノートのセット

伊勢木綿のマフラー(白赤縞)プロポトゥ・オリジナル

伝統工芸の伊勢木綿。肌に優しく使い込むほどに柔らかくなる。素材の良さが自慢の一品。

伊勢木綿のマフラー(生成り黒縞)プロポトゥ・オリジナル

伝統工芸の伊勢木綿。肌に優しく使い込むほどに柔らかくなる。素材の良さが自慢の一品。

伊勢木綿のマフラー(紺赤黄縞)プロポトゥ・オリジナル

伝統工芸の伊勢木綿。肌に優しく使い込むほどに柔らかくなる。素材の良さが自慢の一品。

伊勢木綿のマフラー(紺赤桃縞)プロポトゥ・オリジナル

伝統工芸の伊勢木綿。肌に優しく使い込むほどに柔らかくなる。素材の良さが自慢の一品。

伊勢木綿のマフラー(紺緑黄縞)プロポトゥ・オリジナル

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伊勢木綿のマフラー(紺縞)プロポトゥ・オリジナル

伝統工芸の伊勢木綿。肌に優しく使い込むほどに柔らかくなる。素材の良さが自慢の一品。